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自由のあるところに自制あり

教会の10番目のコアバリューが誕生しました! 近ごろ香港は外側からの危機的状況に直面していますが、教会は内側からの問題に直面しています。私たちは、内側からくる憂慮と外側からの困難によって絞られた布のような状態にあり、感情と思考は絶えず動揺し、抑圧を感じ、苦しみと艱難に見舞われています。このような一番辛い状況を通っていたある土曜日の朝、私は目覚めた後、「自由は自制をもたらす」という神の啓示を受けました。

それから私は神の力、神の全知、神の愛について黙想しました。人は無知で反抗的で、神の前に立つことが出来ないときでさえ、まだ自分が正しいと考え、神に背を向け、神の意志をゆがめさえします。神は稲妻や雷のような火を使い、一息で人類を一掃することができます。それにもかかわらず、神は愛、親切、善です。神は人間の弱さと無知を知りつつも、私たちが生きることが出来るようにと、人の命を守るためにと、その怒りを抑えるための途方もない自制心を行使しておられるのではないでしょうか?

人の罪は神の怒りを引き起こしますが、神は自分自身を抑え、怒りを抑えることを選択されます。こうして私たちに対する神の絶え間ない愛を深く感じたとき、私はその時、心の内に激しい動揺を覚え、大いに嘆き悲しみました。私たちは何の価値もありません!神は最も力ある方ではありませんか。彼は宇宙と万物を創造された方ですが、人間の罪を償うために、愛する子であるイエスに七つのへりくだりを通らせ、彼を犠牲とされました。偉大な権威、偉大な力、そして偉大な自由を持つ者は、偉大な自制を示します!

ここ数ヶ月、ジョシュア牧師の心も私と同じように翻弄され困難を耐えていました。一方で彼はコアバリューをとても重要なものとして見ており、基本的にそれは多くあるべきではないし、慎重な検討なしに追加すべきではないと考えています。しかし私たちは香港の現在の状況に直面して、日曜日にどんなメッセージを説教すべきか、二週間にわたる熟考と綿密な考えの末、最終的に神がジョシュア牧師を動かし、611の10番目の核となる価値感を宣言することになり、そのことを感謝しています。

611の子供たち、イエス・キリストは自らをへりくだらせることを喜んでおられました。 キリストの真の自由を生きたいと思うなら、「自由は自制をもたらす」ことを私たちの人生の原則とする必要があります。