先週の日曜日の礼拝で、師母と私は詩篇113から「いのちの歌」というタイトルでメッセージをしました。その礼拝で私の若い頃を描写した劇をしました。「主は貧しい人をちりあくたから引きあげて下さる。だから、私たちは主を賛美します!」ということを表現した内容でした。本当は万引きをして警察に連れていかれたようなひどい過去を振り返りたくはありませんでしたが、神様は私のこれらの経験を通して人々を祝福したいと願っておられるのが分かりました。ですから、今回私の過去を語ることを決意しました。
礼拝の後、たくさんの人が私のもとに来て、涙しながら劇を見たと言ってくれました。どんな困難の中でも、神様が見ていてくださり、理解して下さり、そして立ち上がらせてくださると感じたそうです。いのちの木の雰囲気のなかで、たくさんの人々、劇の中で演じている人々も、癒され、解放されていきました。「いのちの歌」のメッセージの後、すべて神様の時にかなっていたことがわかりました。スタッフがメッセージをする予定だったのですが、それが出来なくなってしまい、神様に導かれ、私がメッセージをすることになりました。私たちの予定にはなかったことなのですが、先週の火曜日に「三世代サミット」をもち、若い世代と直接心を通わせて話すことが出来ました。私は自分の過去の人生の経験を用いて、今の若い世代の人生の困難に対する疑問や香港社会に対する疑問に答えることが出来ました。
兄弟姉妹の皆さん、聖霊様は私たちを導いて下さっています。詩篇113篇と私の貧しかった幼い頃の経験を通して「主は、弱い者をちりから起こし、貧しい人をあくたから引き上げ、彼らを、君主たちとともに、御民の君主たちとともに、王座に着かせられる。主は子を産まない女を、子をもって喜ぶ母として家に住まわせる。」という真理へ導かれました。いのちの木の雰囲気の中、教会のいやしのミニストリーは、賜物の力や、決まった誰かがその為に祈る事だけではなく、セルグループの中や、日曜礼拝、そして集会の中などで、いのちの木の香りが解き放たれて、いやしの力が拡大していっています。私たちは、この大変な状況の中でも、いのちの歌をもって主を賛美します。主の御名は褒めたたえられるのです!【2020.07.12】
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