今年の仮庵の祭りは「子羊の婚宴」の礼拝で、賛美礼拝、結婚式、そして仮庵の祝いの合同礼拝でした。神様の素晴らしい臨在が伴う、神様からの特別なはからいで行われました。何人かの兄弟姉妹は「世紀の結婚式だ」と言いましたが、私は世紀どころか「千年に一度」だと思いました。創造以来の前代未聞のこの婚礼は、子羊なるキリストと花嫁なる教会との間の永遠の婚宴を宣言したものです。恵みの御座会堂で、キリストと花嫁の奥儀を宣言した時に、この真実を一人一人がしっかりと受け取りました。まだ起こってない事ですが、私たちは霊的な領域で宣言しました。しかし、この事柄は、すぐに起こる事なのです。
「それゆえ、人は父と母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりは一体となる。」 この奥義は偉大です。私は、キリストと教会とをさして言っているのです。(エペソ 5:31-32)
教会はキリストの体です。そして、キリストは教会の頭です。それゆえ、妻たちは教会がキリストに従うように、夫たちに従うべきなのです。そしてキリストが教会を愛し、ご自身をおささげになったように夫は妻を愛するべきです。また、シミもなく、聖く、非難されることがない教会としての花嫁をキリストにささげるためにです。キリストとキリストの花嫁の奥義は従順なキリストの花嫁と勝利を取った子羊として、ヨハネの黙示録においても述べられています。キリストの花嫁はキリストと共に永遠に統治するのです。
過去に仮庵の祭りやエステル記のミュージカルを上演した時は過去の歴史として行いましたが、今回は会衆全体で目に見える形で、将来起こる事実として宣言します。私は兄弟姉妹が整えられ準備ができた花嫁をあらわす意味の油を持って参加したことを非常に嬉しく思います。黙示録の19章と20章では、整えられた花嫁について書いてあります。「花嫁は光り輝く、きよい麻布の衣を着ることを許された。その麻布とは、聖徒たちの正しい行いである。」(黙示録19章8節) 香港は今、苦境に立たされていますが、花嫁なる教会はバビロン体制から抜け出しす事を宣言します。
伝統的な結婚式では、花嫁は父親と一緒にレッドカーペットの上を歩き花婿のところまで行きます。しかし、今回は少し違う方法で行いました。一連の締めくくりの最後の結婚式で、私はリヤン牧師の霊的父親としてロビーから恵みの御座会堂の一番手前にある花のリースのところまで歩きました。そこからリヤンは花婿のところへ一人で歩いて進みました。その姿を後ろから見守りながら、心の中で静かに祈っていました。そして、ステージの方へ先回りをし、彼女が歩いてくるのを待ち受けました。
その場で涙がこみ上げてきました。それは神様もまた私達のことを待ち遠しく見つめておられるのだと気づいたからです。しかし、私たちは私達から決して目を離さない神様がいてくださることをすぐに忘れてしまうものなのです。イエス様は最後まで私たちのためにとりなして下さり祝福して下さっています。私は心から感動しました!
聖霊からの絶え間ない生ける水に感謝します。兄弟姉妹の皆さんが心を定めてついていくことを強くお勧めします。教会は従順な花嫁となり、勇敢に進み、やがて戻られる、また勝利の子羊である王に会うために、このレッドカーペットを歩んで参りましょう。【2019.10.27】
■【2019.10.25】ジョシュア•チャン師
本稿は611霊糧堂週報 956号より抜粋