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神の民は肉の束縛から解放される

神に従う歩みの中で、私たちはつい目に見えるものに頼ってしまいがちです。社会や教会の問題に気づくと、自分のやり方で急いで解決したくなります。けれども、神の民は焦ることなく、肉の力に走ってはいけません。

私たちの教会の預言者たちであるデボラ牧師とデビ牧師は鷲のような鋭い洞察力を持ち、問題を正確に、そして遠くまで見通すことができます。人々の課題を容易に指摘できます。しかし、あまりにも直接的に表現してしまう時、人間関係を損なう可能性があるのです。

デビー牧師は問題に直面すると、すぐに解決しようと急ぎ、鋭い言葉で他人に圧力をかけ、不快な思いをさせてしまうことがあります。衝動的に行動した後、自分を責め、罪悪感に苦しむのです。彼女は目標達成に集中するあまり、強引になり、周囲を不快にさせたり、怒らせたりしがちです。しかし実際は、他人の弱さを見た時、聖霊に頼ることで、真実を愛をもって優しく伝え、相手を尊重しながら自分の考えを表現することができるのです。

デボラ牧師は振り子の反対側にいます。彼女の生い立ちから、彼女は人や状況を否定的に見がちで、他人を傷つけないよう抑圧し、沈黙を選ぶ傾向があります。しかし長い時間を経て、最後の一線を越えた時、長年抑えつけられた感情が爆発してしまうのです。感謝すべきことに、聖霊様はデボラ牧師に、この問題の根源が子供の頃にあることを示されました。父親が妹をひいきしていた為、彼女は自身を絶え間なく抑圧し続けていました。我慢に我慢を重ねた末、ついに耐えきれず突然妹を平手打ちしてしまい、周りの人を驚かせたのです。これは実は心に蓄積された不満が原因でした。出エジプト記2章でモーセは、イスラエル人が不当に扱われるのを見て怒りが爆発し、人を殺めてしまいました。感謝なことに、今ではデボラ牧師と妹の関係は改善されています。彼女が自分自身と向き合い続け、問題を神に明け渡し、肉の行いから少しずつ解放されているからです。

私も幼い頃から抑圧されてきました。しかし主を信じた後、友達や成長の過程で受けた傷ではなく、神に従うことを選びました。私を捨てた父親から始まり、家族や友人、そして神に仕える成長過程で私を傷つけた霊的権威者に至るまで、私を不当に扱ったすべての人を赦し始めました。私はもはや悩みや不満を抑圧したりせず、すべての問題を神に委ね、これらの傷によって私の人生が形作ることを許しません。イエス様も多くの迫害に遭われましたが、最後に十字架上で天の父にこう言われました。「父よ、わたしの霊をあなたの御手にゆだねます」と。

預言者たちと同じように、私たちも皆、神から様々な賜物をいただいています。不満や問題を神に明け渡し、肉から解放され、神と一致して歩むことを学びましょう。そうすれば、私たちは神により良く用いられる器となるのです。■【2025.04.20】

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