神様に感謝します!40日間断食祈祷の最初の日に、私と師母は教会運営スタッフと香港にある枝教会の牧師達を連れて、長洲島で修養会を行いました。私たちがともに祈った時、神様の臨在が下ってきました。そして私たちの中の罪を示し、祭司とレビ人として私達が率先して悔い改めをしなければならないことを示して下さいました。また、神様は教会全体を40日間断食祈祷に導き入れる鍵を教えて下さいました。それは、賛美礼拝、悔い改め、そしてあわれみを示すことでした。
神様はこの断食についての概念を下さった時から、私たちを導いて下さっています。
少し前に私たちは「士師記」をモーニングデボーションで読みました。士師記では、「そのころ、イスラエルには王がなく、めいめいが自分の目に正しいと見えることを行っていた。」と繰り返し語られています。その当時、人々の間に王がなく、祭司とレビ人は声をあげるという、彼らに与えられた責任を果たしませんでした。これが士師記の時代の背景です。士師記17章では、ようやく一人のレビ人が登場しますが、彼の行動により時代はさらに暗くなり、国は無秩序な状態に陥っていきました。そしてイスラエルの人々は偶像礼拝を始め、一つの部族を滅ぼしてしまうという惨事も起こってしまいました。彼らは罪に満ちていました。ですから罪の告白と悔い改めは祭司とレビ人から始めなければならないのです。
モーニングデボーションで「士師記」の次は「ヘブル人への手紙」を読みました。イエス様は私たちを天の幕屋に導いてくださる唯一のお方です。ですから私達は、大胆に恵の御座へと近づくこうではありませんか。そうすれば、必要な時、私たちはあわれみと恵を神様から得ることが出来ます。さらに、神様は私たちのために安息を用意して下さっています。しかし、私たちが神様に聞き従うことが出来ない時、私たちは安息に入っていくことが出来ません。この40日間の断食の間、私たちはまず「神様の声に耳を傾けなかった」罪を告白していきましょう。私たちが神様の声に聞かないのなら、神様について行くことは出来ません。多くの場合、私たちは神様の声を聞いていると思っていますが、実は聞いていないのです。
私たちが長洲島でリトリートを行ったとき、私と師母が結婚して初めに住んだ家を見つけました。私たちの住んでいた家の後ろに「境界石(土地の境界を示す石)」があるのを見つけました。15個もの境界石があったのですが、これらはイギリス植民地時代の政府が、外国人居住区にするために置いたものでした。この制度は20世紀始めには無くなってしまいましたが、以来その居住地にはたくさんの外国から来た宣教師達が住むようになっていました。その当時、私と師母はその土地の歴史や宣教師たちのことを知らずにこの石のそばを何度も通っていました。これを通して、私が神様に耳を傾けることが出来ていない時から、神様は私たちに語り続けて下さっていたということに気付かされたのです!私たちは耳が聞こえず、そして見えていないことを悔い改めなければなりません。神様は私達が聞くことも見ることもしない時も語ってくださっていたのです。この断食と祈りの期間、私たち祭司とレビ人として、神様の声を聞かなかったことを悔い改めましょう。そして神様について行くためには、私達が率先して神様の御言葉に耳を傾けなければなりません。
教会全体で40日間断食祈祷を準備するにあたり、師母とアンナ牧師はイザヤ58章を受け取りました。この58章は安息日を覚える事ついても語られている章です。偶然なことに、私は3月に語る予定の第4番目の十戒である「安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ」の説教の準備をしていました。これは単なる偶然ではないと思います。神様は私たちに語って下さっています。私たちは神様の語りかける声を聞きましょう。
愛する兄弟姉妹の皆さん。私たちはこの新型コロナウィルスの流行に直面していて、経済もコロナの打撃を受けています。神様の前にもっと安息を見出すように努めていきましょう。最近、私はよく「ワクチンを受けるべきか、受けないべきか」という会話を耳にします。人の目にはワクチンはとても重要です。しかし信者の見解としては、神様が必ず助けて下さると信じることをまず優先しているので、これらのことを拒否することも、論じる必要もないのです。まず私たちは断食、祈り、そして悔い改めを通して神様に耳を傾ける者となる事ができるよう祈りましょう。神様に聞き従う事が出来る者となれば、私たちは神様についていくことができ、神様のうちに安息を得る事が出来るのです。■【2021.02.28】
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