MENUMENU

すべてのものの行く末は神の手の中にある

最近、モーニングデボーションでは、祝福と呪いについて述べている申命記を読んでいます。 人を呪うのではなく祝福するのは神の御心です。 聖書は、私たちが神の律法を守ると、あらゆる種類の祝福が私たちに臨み、私たちを追いかけるようになると言っています。しかし、逆のことをすれば、同じように呪いが私たちに臨むのです。

神は私たちに神の民として快楽を選ばずに、いのちを選びなさいと呼びかけられます。今日、私たちは神の民としてこのいのちと平安の契約に入るべきです。地上の政治的な権力や制度はどれも完全ではありません。それには賛否両論があります。真の平和と希望は神からのみもたらされるのです。

先週、私たち200人以上の教会スタッフ全員は三日間の贖罪日の認罪の期間に入りました。今日における祭司、レビ人として、教会スタッフは率先して、共にいのちにおける反省と罪を深いレベルで告白出来たことを神に感謝します。

3日目の夕方には、「セルリーダー月例祈り会」と「247の祈り会」を合流させて行いましたが、これには1,700人以上の兄弟姉妹が参加しました。MGリーダーたちに導かれ、会衆全体がともに罪を告白し、香港のためにもその罪を認め平安を求めました。さらに、私たちは政府と抗議している人々との関係を祝福し、対立が減るように、お互いの意見に聞き合うように、理解と和解が成されるように祈りました。祈り会の最中に、神の愛と癒しが力強く臨み、そこにいた人々の心を感動させました。その後、キャリー・ラム最高行政官が各地区を訪問し、話し合いをする用意があると発言したニュースを皆で喜びながら聞きました。更に多くの意思疎通を行い、この両者の関係にブレークスルーがもたらされることを心から望みます。

教会の役割が重要なことは明らかです。神がこの街を祝福するために香港の教会を用いようとしておられることを信じます。「隠されていることは、私たちの神、主のものである…」まだ知りえぬ未来に関しては、私たちは神に信頼します。それは神に属しているので、神に委ねましょう。「…しかし、現されたことは、永遠に、私たちと私たちの子孫のものであり…」現されたこととは神の律法と命令のことです。これらは私たちにとても近くあり、口と心の中にあるのです。ですから私たちはこれらに従い、祝福されるのです。(参照:申命記29、30章)

神はイスラエルに再三語られました。モーセはひたすら熱心に彼らに対する証人として天と地を呼び、彼らの前に生と死、祝福と呪いを置き、「それゆえ、あなたとあなたの子孫が生きるために命を選びなさい。」 )「…あなたがあなたの神、主を愛し、御声に従うことができ、神にしがみつくことができるように。主はあなたの命であり、日々の長さなのだから…」と言いました。(申命記30:20)

親愛なる兄弟姉妹の皆さん、神が私たちと結ばれた契約に信頼し、しっかりと真理に立ちましょう。「法」と「いのちの木」の両方を意味するヘブライ語「TORAH」の数値は611であることを私たちは知っています。これは私たちの教会に対する神から与えられた運命です。私たちの人生は神の手にあり、神だけが平和の源なのです。 私たちはいのちを選ぶべきです。香港もそうです。 彼が私たちのいのちであるように、彼の言葉に従い、心から彼に信頼しましょう。 香港の行く末は神の中にあります。

■【2019.09.15】ジョシュア•チャン師
本稿は611霊糧堂週報949号より抜粋