今年、私たちが受け取った教会に安息が必要というメッセージに従い、私たちは教会の活動を減らしました。教会スタッフの心と霊も落ち着いてきています。しかし、神が与えられている開放はとても豊かで、それは迅速にやって来ています!前進することは、安息がないことを意味しません。ですからあらゆる種類の調整や変更も続いていきます。
しかし普通の人は変化に直面することに慣れておらず、反感を覚えやすく、コンフォートゾーンを離れたがりません。しかしこれは611にとって普通のことであり、それは私たちが聖霊の導きに敏感で、いつもそれに対応するからです。変化が標準であり、変化は健全なのです。
私たちが「いのちの木」の概念を提唱した後、それは必然的に教会を整えることに影響を及ぼし、私たちの視点と行動様式の調整を助け続け、教会スタッフの部門の異動を含む様々な変化を生み出しました。私たちが心を開いて、神が注ぐ新しい水の流れを受け入れると、その水は出入りしはじめます。その変化が新しい環境をあらわにし、新鮮な動きの流れを保ち、わたしたちを老化して硬くなった古い皮袋にさせないのです。いったん心が老化した状態になれば、それは制限を受けるのです。
教会の構造には、柔軟性が必要です。それは生きているので、いつでも調整する必要があるのです。長い川では後ろの波が前の波を押し、人々は成長し、活ける水の流れは絶えず、断層が出来ることを恐れず、バトンを受ける人がいないことを心配しません。
新しい波が来るたびに、私たちとチームは全体でそれを受け止めて確認し、それからコアグループのビジョンが一致し、再びその波は全方向に推進していきます。このように進むときそれを阻む力に遭うことはないのですから、心配や憂慮をする必要もありません。皮袋が柔軟である場合、それは吸収する能力があり、変化にあっても大きな驚きはないのです。もし抵抗に遭った場合、それは多くの場合、チームの中で互いに練り合い、意思疎通のための工夫をする時間が不足しているからです。ですから恐れによって歩みを止めないでください。
最後に611の子供たちを励ますにあたり、次の言葉を贈ります。私たちは決して完璧ではありません。永遠にすべてを完璧にすることは出来ないのです。しかし私たちはONE WAY、いのちの木を皆さんに提案します。変化に直面することは恐ろしいことではありません。ただ私たちはイエスに向かって行きましょう。変われば変わるほどに良くなり、ますますいのちの木へと、そしてますますイエス様の姿へと似せられて行くのです!【611霊糧堂週報 939 号(2019.07.07)】